親の家に立って、押し入れを開けて、そこで止まってしまう。
捨てなければいけないのは分かっている。持って帰れる量ではないし、置いておく場所もない。それでも、着古したセーターひとつ、古い湯呑みひとつを手に取ると、ゴミ袋に入れる手が動かない。
読みかけの本にはさまったままの、レシートの栞。もう使わないのに丁寧に洗って伏せてある弁当箱。誰かの結婚式の引き出物らしい、一度も開けられていない箱。
そういうものを見つけるたびに、手が止まる。そして「自分は薄情なのではないか」という気持ちが湧いてくる。
まず言っておきたいことがあります。
それは、普通のことです。
遺品整理でいちばん多い相談は「量が多くて終わらない」ではありません。「捨てられなくて進まない」です。淡々と片付けられる人のほうが少数派で、大半の人が同じところで止まっています。
そして、止まっていることに対して自分を責める必要もありません。手が止まるのには理由があって、それは意志が弱いからでも、要領が悪いからでもないからです。
親の遺品が捨てられないのはなぜか
理由は3つに分けられます。自分がどれに当てはまるかが分かると、少し楽になります。
判断の基準がない
普段の片付けなら「1年使っていないものは捨てる」といった基準が使えます。でも親の遺品には、その基準が効きません。
自分が使うかどうかで判断できないからです。もう使う人はいない。それでも、価値がないわけではない。この矛盾の中で、判断の物差しが見つからないまま数千点の物と向き合うことになります。
基準がないまま判断を続けると、人は疲れます。物の数だけ迷いが積み重なって、途中で動けなくなる。
捨てることが、親を否定する行為に感じる
親が大事にしていたもの、毎日使っていたもの。それを捨てるのは、その人の生活を否定するような感覚になります。
とくに、自分が知らない親の一面が出てきたときにこれが強くなります。趣味の道具、行ったことのない場所の土産、知らない人からの手紙。生きているうちに聞けなかったことが、物になって出てくる。
これを捨てると、聞く機会が永遠に失われる気がする。だから手が止まります。
あとで必要になるかもしれない、という不安
書類や写真は特にそうです。これは残しておかないといけないものかもしれない。そう思うと捨てられない。
実際、権利証や保険証券のように後で必要になるものもあります。だから「全部捨てていい」とも言えない。この不確かさが、判断をさらに重くします。

罪悪感を減らすには、判断そのものをしなくていい形にする
手が止まるのは判断が重いからです。であれば、判断を軽くするか、判断しなくて済むようにすればいい。
有効なのは次の方法です。
「捨てる/残す」の二択をやめる
この二択が一番きつい。捨てるか残すかを決めるたびに、親との関係について結論を出しているような感覚になります。
三択目を作ってください。「今は決めない」です。
段ボールを2〜3箱用意して、迷ったものは全部そこに入れる。中身は見返さない。ふたを閉めて、日付を書く。それだけです。
これで、家の中の物は「明らかに要らないもの」と「保留箱」に分かれます。判断しなければいけない量が、劇的に減ります。
保留箱は自宅に持ち帰ってもいいし、トランクルームに預けてもいい。半年後、一年後に開けたときには、不思議と判断できるようになっています。時間が判断を代わりにやってくれます。
写真やアルバムのように、保留箱に入れても結局決められないものもあります。その扱いは遺品の写真やアルバムの捨て方と供養に書きました。
写真に撮ってから手放す
物そのものではなく、記憶が惜しいという場合が多い。だったら、写真を撮ってから手放せばいい。
エプロン、湯呑み、庭の木、玄関の表札。スマホで一枚撮る。それだけで、驚くほど手放しやすくなります。
「捨てた」ではなく「記録して手放した」に変わるからです。実際にやってみると、この差は大きい。
数を決める
「食器は5枚だけ残す」「服は3着だけ」というように、先に数を決めてしまう方法です。
全部を比べて選ぶのは苦しいのですが、「この中から5枚」なら選べます。判断の対象が、物との関係から数の問題に変わるためです。
期限を決める
期限がないと、いつまでも決まりません。退去期限や売却の予定があるなら、それが自然な期限になります。何もない場合は、自分で決めてしまってください。
「四十九日まで」「一周忌まで」でも構いません。むしろ、そういう区切りのほうが気持ちの整理と合いやすい。
自分以外の人に一緒にいてもらう
これがかなり効きます。
一人だと、一つひとつの物の前で立ち止まってしまう。誰かがそばにいると、その人が「これは?」と聞いてくれるので、判断が前に進みます。配偶者でも、友人でも、業者の作業員でもいい。
「他人がいると急かされる気がする」と思うかもしれませんが、実際には逆です。一人でいるときのほうが、時間はいくらでも溶けていきます。

業者に頼むことは、投げ出すことではない
「他人に親の物を触らせたくない」という気持ちは、よく分かります。自分でやるのが供養だ、という感覚もあると思います。
ただ、実際に片付けの現場を経験した人がよく言うのは、「大事なものを先に抜き出してから任せればよかった」ということです。
順番を変えるだけで、多くのことが解決します。
先に、自分で判断したいものだけを抜き出す。写真、手紙、通帳や印鑑、仏壇まわり、親が大事にしていたと分かっているもの。それだけなら、1日か2日で終わります。
残るのは、衣類や食器や家具といった、判断に迷わないものです。そこから先を任せても、後悔することはあまりありません。
全部を自分でやろうとして、半年間も家がそのままになっている。そのほうが、気持ちの上でもつらいはずです。
兄弟がいる場合は、先に基準を共有しておく
これは一言だけ。
兄弟がいるなら、片付けを始める前に「どこまで残すか」を話しておいてください。文章でなくてもいい、LINEでも構いません。
あとになって「なぜあれを捨てたのか」と言われるのが、いちばん傷が残ります。逆に、先に合意さえあれば、捨てることへの罪悪感もかなり軽くなります。
先に決めておくとよいことは形見分けで揉めないための決め方にまとめています。
一人で決めたことにしないでください。
最後に
捨てられないのは、その人との時間があったからです。何も感じずに片付けられるほうが、よほど寂しい。
だから、手が止まること自体は問題ではありません。問題なのは、止まったまま何ヶ月も動けなくなって、期限に追われて結局まとめて捨てることになる、という結末のほうです。
そうならないために、判断を軽くする。保留箱を作る。写真を撮る。数を決める。誰かと一緒にやる。
全部を今日決めなくていい。決めなくていいものを、決めなくていい場所に置く。それだけで、片付けは進み始めます。
もし、量が多すぎて着手できる気がしないという状態なら、大事なものを抜き出したあとの部分だけでも一度相談してみてください。全部を任せる必要はありません。どこまでを自分でやって、どこからを頼むかを決めるだけでも、気持ちの負担はかなり変わります。
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大事なものを先に抜き出したあとの部分だけでも、任せることができます。金額を知るだけなら費用はかかりません。

